(メールマガジンとして配信された文章)
おはようございます。ラピシュットの長谷川高士です。
運用開始から初となる発表が昨年(2024年)8月になされた南海トラフ地震臨時情報。
その発表からちょうど1年となる2025年8月7日に、取り扱いをまとめたガイドラインが改訂されました。
今日のコンテンツは、南海トラフ巨大地震臨時情報、です。
2025年8月7日、南海トラフ地震臨時情報の発表に伴う防災対応のガイドラインの改訂版が公表されました。
2019年公表の「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン【第1版】」をベースとするもので、改訂に伴いタイトルも「南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン」に改められました。
今回の見直しは、2024年8月8日に運用開始後初めてとなる臨時情報(巨大地震注意)が発表された際の経験を踏まえたものです。
「旅行やイベント、事業活動をどうすればよいのか」
発表当時は、行政、企業、住民のそれぞれが不安と戸惑いを感じました。
こうした混乱を受け、国として
「何を伝えるか」
だけでなく
「どう伝えるか」
「どう受け止めてもらうか」
を含めた整理が求められました。
今日は、このガイドラインの改訂版の内容、すなわち、この「整理の結果」を概観します。
具体的な追加事項
改訂によりガイドラインに加えられた点。
これこそが「整理の結果」と言えます。
「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン【第1版】」と「南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン」を比較して、元版にはなく改訂版のみにある内容の一部を、次のとおり抽出しました。
■臨時情報の基本的な考え方を明示
最も大きな追加点の1つです。
「後発地震に備えた防災対応の基本的な考え方」という見出しで、臨時情報の基本的な考え方を明示しています。
具体的には次のとおりです。
- 南海トラフ地震臨時情報とは、南海トラフ巨大地震の発生可能性が平時と比べて相対的に高まったことを発表するもの
- 臨時情報が発表されたからといって、後発の大規模地震が発生するかどうかは不確実
- 住民は「自らの命は自らが守る」という原則に基づき、自らの行動を自ら判断することが重要
- 行政や事業者等は、安全確保と社会経済活動の継続とのバランスを考慮しつつ、自らの行動を自ら判断することが重要
- 臨時情報の発表に戸惑うことのないよう、発表された時の対応をあらかじめ決めておくことが極めて有効
■追加の臨時情報発表の想定
臨時情報発表後の警戒期間中に、後発の地震が発生するなどして臨時情報が追加で発表される想定について、その取り扱いが記載されました。
これは当然に想定され得る事態であり
「シミュレーションがより詳細になった」
といえます。
■合同記者会見と2つの呼び掛け
臨時情報発表後準備が整い次第、内閣府と気象庁が合同で記者会見を行い、情報の内容及び防災対応について包括的に説明を行う、とのことです。
その際に、住民や事業者等に対してなされる呼び掛けには大きく2種類あり、これらを混同しないように注意が必要だ、ということです。
その呼び掛けとは次の2つです。
- 大地震後の地震活動の見通し基本的に、先発地震で揺れの強かった地域を対象に、引き続き発生する地震への注意を呼び掛けるもの
- 臨時情報発表に伴う呼び掛け発生が懸念される後発地震に伴う揺れや津波への注意を呼び掛けるもの
■周知と広報の強化
周知と広報のあり方について、新しい記述が加わりました。
- 国や自治体、報道機関等が連携して、あらゆる手段を用いて、住民や事業者等に対する日頃からの周知や広報に努めるべきである
- 周知や広報の際には、平時にとるべき行動と臨時情報が発表されたときにとるべき行動の違いを明確にすること
■事業者分野別の対応例を明示
上下水道、電気、ガスなどのインフラや道路、航空、海上、鉄道などの交通をはじめとする事業者分野別に、臨時情報が発表された際の対応例が具体的に示されました。
例えば次のとおりです。
◎鉄道(その他一般旅客運送事業)
【巨大地震警戒】
- 鉄道は重要な役割を担っているため、安全性に留意しつつ、運行するために必要な対応をとるものとする
- 避難指示が発令された場合、津波による危険性の回避措置を確実に実施する
【巨大地震注意】
- 原則、運行規制はしない(平常通り)
- 巨大地震の発生に備え、避難場所や避難経路、避難誘導手順の再確認を徹底する
また新たに編を立てて、地方公共団体がとるべき対応の検討手順を示しています。
■空振りではなく素振り
1年前の2024年8月13日に配信した第328号では、「空振りをいとわず、素振りのつもりで、着実に」というタイトルで臨時情報の発表について書きました。
この考え方は、防災に関する啓発活動において長らく共有されてきたものです。
今回のガイドラインでは、この内容が明文化され、追記されました。
なお、後発地震が起こらなかった場合でも、国民一人ひとりがこれを「空振り」と捉えるのではなく、いつか発生する巨大地震への備えの徹底や防災意識の向上につながる予行演習としての「素振り」と捉えられるような防災文化の醸成を目指す。
改訂の評価(長所と短所)
今回の改訂の長所は曖昧さを減らしたことにあると言えます。
臨時情報の追加発表時の想定や事業者分野別の対応例の明示などは、現場の迷いや対応のバラつきを防ぐ上で大きな意味を持つでしょう。
特に行政や事業者にとっては、対応の考え方や検討の手順がより具体的に示されたことで、
「社会経済活動を過剰に止めることなく安全を確保する」
という両立の方向性を見通しやすくなりました。
一方で短所もあります。
平時にとるべき行動と臨時情報発表時にとるべき行動の違いを明確にすることと言いつつも、行政や事業者向けのそれに比べると住民向けに示された情報は具体性を欠いていると言わざるを得ません。
また、予め行動シナリオを決めておくことを求められる行政や事業者には、新たな負担が生じ、現場におけるリソース(資源)不足が課題になる恐れもあります。
さらに、「素振り」という比喩は心の支えになる一方で、経営判断や危機対応における判断の裏付けとしては弱いことは否めません。
改訂の解釈
今回の改訂は単なる内容の更新に留まらず、
「仕組みを運用に適う文化に近づけるための手当て」
だと解釈することができます。
元版のガイドラインと比較して、改訂版は
「情報をどう受け止め、どう行動につなげるか」
に踏み込んでいるからです。
より詳細な想定と対応の具体例を示しつつ、
「空振りではなく素振りと捉える」
という表現で、全ての防災対応を
「無駄のない価値ある行動」
だと意味付けています。
さらに、行動シナリオを事前に決めておくことを促し、住民や事業者が主体的に備えやすい枠組みを提示しています。
仕組みと行動との間に横たわる溝を埋めようとする意図を、これらの内容から読み取ることができる、かもしれません。
この意図が実を結ぶためには、当のガイドラインで示されたとおり、周知と広報の強化が欠かせません。
この内容にもっと多くの紙幅が割かれる、あるいは別途検討されることを、あらためて期待するところです。
◇今日の気づき
素振りと捉えられる防災文化を醸成する
仕組みを文化に近づけるための手当て
◇引用・参考文献一覧
内閣府(2025年8月7日)「南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン」
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/honbun_guideline2.pdf
内閣府(2025年8月7日)「南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン 改訂の概要」
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/kaiteigaiyou.pdf
◇編集後記
先日読んだ公文書の中で、新たに初見の慣用表現に出会いました。
「平仄を合わせる」
です。
先頭の2文字は「ひょうそく」と読み、漢詩の技法に関する用語に由来するそうです。
漢詩には、音の高低が比較的平坦な「平声」とそれ以外の「仄声」の2種類があり、これらを一定のパターンに従って交互に並べ、リズムや美しさを演出することを「平仄を合わせる」と言うのだとか。
転じて、
「つじつまを合わせる、整合させる」
というのが公文書におけるこの慣用表現の意味するところです。
具体的には、次のような使われ方をしていました。
「(この資料は)別紙に記載する数値と平仄を合わせて作成してください」
公文書は面白い。
まだまだ楽しめそうです。
◇この文章の入口(参考)
実務や制度の現場(右下)から、意味がほどける場所(左上)へ
この文章は、
判断や結論に入る手前の、話の地面を整える工程(lapi-schutto.jp/before-the-talk)に関わる中で書かれています。
この文章を読んで、
話が噛み合わない感触や結論に入る前の違和感
が残るときは、それを急いで解消しなくても構いません。
そのための場所を、別に置いています。
