(メールマガジンとして配信された文章)
おはようございます。ラピシュットの長谷川高士です。
しばらく続けた労働の話にも先週で区切りを付けることができました。
今日は、3号前の第386号の編集後記に書いた生成AIについて、書きたいと思います。
今日のコンテンツは、生成AIの現在地、です。
生成AIの代名詞であるChatGPTが登場してから、まもなく3年になります。
リリース当初は、目新しさや話題性ばかりが先行し、活用というレベルで使いこなす人は、ごく一部に限られていたように思います。
それが今では、メールを書く、資料をまとめる、データを整えるなどのビジネスはもとより、ちょっとした困りごとで知恵を借りる、といった生活に至るまで、私たちの日常に静かに溶け込んできている気がします。
この3年で、「未来を語る技術」は「今日使う道具」へと変わりました。
気づけばその変化の中に、私自身も自然と巻き込まれていたのです。
実際、特に起業してからのこの2年は、生成AIに何度も助けられました。
仮に、生成AIの登場がもっと後だったとしたら、成立させられなかったであろう仕事が、これまでに確実に、しかも複数ありました。
ただ、そんな私も、最初はどこか他人事のように感じていたことを覚えています。
「すごい技術だ」
と思いながらも、何だか自分の手にはまだ馴染まない。
そんな感覚でした。
その感覚が徐々に変化し、
「これはもう、手放せないパートナーだ」
と自然に思うようになったのは、おそらく今年(2025年)に入ってからだと思います。
このメルマガでもこれまでに生成AIについて書いています。
前回から少々間が空いたこともあり、2025年10月における生成AIの現在地とそれに対する自分の感じ方を、
「忘れずに記録として残しておきたい」
と思い立ちました。
予測できる安心(Excelの数式)
関数を駆使して数式をつくり、目当ての計算を期待どおりに自動でさせる。
Excelを使う上での醍醐味の1つです。
楽しくはあるものの、自力で試行錯誤するのは時間も掛かり、かつては骨が折れる作業でもありました。
ExcelやGoogleスプレッドシートで使う数式を出力することは、ChatGPTなど生成AIの得意分野の1つです。
生成AIの力を借りれば、以前の苦労が嘘のような短い時間で欲しい結果を得ることができます。
今現在、必要な数式を生成AIに出してもらったとき、私は驚きません。
どちらかというと
「うん、さすがです」
と静かに成果を受け入れる感覚です。
なぜならば、条件さえ整理して伝えれば、
「生成AIは期待どおりに返してくれる」
と知っているからです。
このやり取りには確かな手応えがあります。
生成AIへの説明の粒度を少し変えるだけで、結果の形も変わる。
こちらの伝え方が、生成AIの出力に繊細に反映されるのを感じます。
精度もさることながら、
「反応の道筋を見立てられる」
という安心感を生成AIに対して得ているのだと思います。
思いがけない答えよりも、想定の範囲におさまる動きをしてくれる。
その予測可能性が、私にとっての生成AIを信頼できるようになってきた理由なのかもしれません。
丁寧に伝えることで形になる(GAS)
GAS(ガス)とは、「Google Apps Script」の略で、Googleが提供するプログラミング言語とそのプラットフォームのことです。
生成AIにGASのコードを出力してもらうことで、簡単なアプリケーションを自作できるようになりました。
ちなみに私は、GASの中身をほとんど読むことができません。
雰囲気は分かるけど、読み下すには辞書が必要で相当に時間が掛かる。
そんな英語の長文読解に似ている程度の習熟度です。
この例えで言えば、和文を入れれば即座に英文が出てくるのと同じ感覚で
「プログラムコードが手に入る」
のです。
つい先日、顧客が現場で必要としていたアプリを、2時間程度で自作して提供しました。
思い描いた仕組みを形にしたくて、処理の流れや目的を丁寧に説明したところ、期待どおりに動くアプリが完成しました。
この時の感覚も、驚きよりも、むしろ納得に近いものでした。
AIが特別な力で何かを生み出したのではなく、私が意図を明確に伝えられたからこそ結果が整った――そんな実感です。
これは、人と協働するときの「意思の通じ方」に、どこか似ていている気がします。
地味だけど頼れる存在(PCトラブル)
実は、地味だけど凄く助かっているのがPCトラブルへの対処です。
PCのトラブルを相談すると、生成AIは1つずつ順に解決への手順を示してくれます。
この時、役立つのが画面キャプチャです。
実際にPCで起きている不具合の様子を表示そのままにキャプチャして、生成AIに見せ(アップロードし)ます。
すると、
「では次に画面右上の●●を確認してみてください」
と静かに導いてくれます。
私の勝手な味わいですが、その手順には、焦りも曖昧さもなく、淡々と、けれど確実に核心へ近づいていく。
そんな流れがありました。
トラブルの多くは、すんなりとは解消せず、行きつ戻りつ、手を替え品を替え、といった地道な進捗となりますが、こちらもあきらめずに付き合うと、大抵のことは何とかなります。
その過程で踏む手順の多くは、まったく前提知識を持たないもので、自力で調べていたのでは、とてもとてもたどり着けるものではありません。
最終的に問題が解決すると、安心し、スッキリします。
まさに頼れる存在です。
期待の射程にある安心
もちろん、生成AIの出力が常に正確とは限りません。
それでも、きちんと前提を整理して伝えれば、期待の射程に収まる結果を得られるようになりました。
繰り返しになりますが、この
「先を見通せること」
が私にとっての生成AIへの信頼の基盤です。
ときに予想外の答えが返ってきても、それが投げかけの延長線上にある限り、むしろ嬉しい。
結果を支配するのではなく、関係の中で見通す――そんな感覚に近いのかもしれません。
仕事で使うという程度に生成AIを信頼できるのは、自分の指示や前提の組み立て方が応答に確かに反映されていると実感できるからです。
私は、生成AIを
「制御する対象」
ではなく、
「呼吸を合わせて働く相手」
のように感じています。
自分の理解の枠におさめるのではなく、むしろその枠に広がりを感じられる、あるいは見通しのある範囲で驚きも含めて受け取れる。
この余白こそが、生成AIと付き合う上での面白さなのだと思います。
そしてこの「見通し」と「余白」のバランスは、人同士の関係にも通じるものがありそうです。
思いがけないばかりでないが思いどおりなわけでない。
予測の範囲に揺らぎをもった間柄だからこそ信頼が生まれ、育つ。
人と生成AIとの関係に、人同士の関係を鏡のように見ることができるかもしれません。
伝わるということ
人同士の関係に通じるものがもう1つある、と私は考えます。
それは「伝え方」の構造です。
何を求め、どんな前提で話しているのか。
それを整理して伝えられる人は、相手が誰であっても、それ相応の結果を受け取れます。
逆に、それが曖昧なままだと、人にもそしてAIにも上手く伝わりません。
やり取りの質が結果を左右する――それは相手が人であっても生成AIであっても
「共通しているのではないか」
と思うのです。
先日、勤め先の社労士事務所で同僚からPCトラブルへの対応で助けを求められました。
私は、普段自分でするように生成AIに状況を伝え、原因を整理し、いくつかの操作を試し、結果としてトラブルを解消することができました。
私を頼った同僚は、やや大袈裟にいえば、私のその様子を畏敬の念で眺め、ただただ感心していたわけですが、私にしてみれば何とも複雑な心持ちでした。
解決したのは生成AIのおかげであって、
「私が特別なことをしたのではない」
と少なくともその時は思っていたからでした。
しかし、後に振り返ってこうも思いました。
私は、状況を正確に伝え、生成AIの指示を順に実行した。
この時の意図を構造的に伝える技能に、もっと価値を感じてよいのかもしれない、と。
相手が人であっても生成AIであっても、相通じる「伝える力」がある。
背景を踏まえ、情報を整理した上で、順序立ててこれらを伝える。
それができる人は、人にも生成AIにも意図を届けられる。
生成AIを通して見えてきたのは、伝えるという行為そのものの構造でした。
この意味で生成AIは、同じく鏡のように私たちの「伝える力」も映し出してくれます。
欲しい結果を上手く得られないとき、より丁寧に、より具体的に伝えれば、きっと良い答えが返ってきます。
ここが現在地
生成AIはもはや特別な技術ではなく、仕事や生活の流れの中に自然に入り込む存在です。
とはいえ
「何かを任せきりにする」
という存在では、少なくとも今はありません。
誤りもあるし、そもそも前提を整えるのは人の役割です。
けれど、それを理解した上で使えば、生成AIは十分に「頼れる道具」になり得ます。
作業を速くし、思考を整理し、流れを止めない。
この3つを同時に支えてくれる存在として、私はAIに頼りたいと思っています。
ここが私が感じる生成AIの現在地です。
◇今日の気づき
生成AIとの関係を鏡に人同士の関係を見る
生成AIとの関係を鏡に人に伝える力を見る
◇この文章の入口(参考)
実務(右下)と感覚(左下)から、意味(左上)へ
この文章は、
判断や結論に入る手前の、話の地面を整える工程(lapi-schutto.jp/before-the-talk)に関わる中で書かれています。
この文章を読んで、
話が噛み合わない感触や結論に入る前の違和感
が残るときは、それを急いで解消しなくても構いません。
そのための場所を、別に置いています。
