(メールマガジンとして配信された文章)
おはようございます。ラピシュットの長谷川高士です。
現在、過去389本のメルマガの分析を進めています。
今日のコンテンツは、思考のベクトルその4、です。
3週に渡り、思考の上下移動(意味↔感取)、左右移動(内包/外展)、そして遷移や言語化について書いてきました。
これらは、次のようにまとめられます。
■思考の4象限
内包×意味│外展×意味
───────────
内包×感取│外展×感取
■思考の遷移パターン
右下→左下→左上→右上
外の波を受け取り(右下|外展×感取)、内側で深く響かせ(左下|内包×感取)、意味が立ち上がり(左上|内包×意味)、言葉として開く(右上|外展×意味)。
この遷移パターンは、思考の4象限を巡る私の1つの典型です。
「考えが進んでいる」
と私が手応えを感じるとき、例えば、左下→左上、のようにいずれかの象限間を遷移しています。
一方で、
「考えが留まっている」
と感じる、少なくとも進捗の手応えを得られないときがあります。
思考の流れが鈍る。
止まるというより重くなる、あるいは、渦を巻いて進まなくなる。
こんな感覚に近いかもしれません。
新たな切り口として、今日はこの「思考の滞在」について、私なりの観察を書いてみます。
「留まっているとき何が起きているか」
をただ眺めてみる、という姿勢です。
各象限での滞在
考えが進んでいることが象限間の遷移だとすれば、それを感じられないことを、1つの象限内での滞在とみることができます。
それぞれの象限について考えてみます。
■左上(内包×感取)での滞在
内包×感取での滞在とは、どのような状態でしょうか。
理由が不明確なまま気持ちが重い状態が続くとき。
違和感や不安はあるがそれが何なのか分からないとき。
揺れている。
沈んでいる。
けれど、まだ意味にならない。
このときの私は「考えている」というより、「沈んでいる」という感じになります。
必ずしも悪い感じではないけれど、進んでいる感じはしない。
内側の揺れに、長く留まってしまうのです。
ただし、重い気分が長く続きすぎると不安が広がり苦しみを味わうこともあります。
■左上(内包×意味)での滞在
内包×意味での滞在とは、どのような状態でしょうか。
頭の中ではずっと考えているのに、どこにも出ていかないとき。
整理している。
構造もたぶん見えている。
けれど、外に開かない。
このときの私は意味の中でぐるぐると回り続けてしまうのです。
考えてはいる。
でも、まだ世界と接続していない。
この状態が長引けば、空回りしている感覚に陥ることもあります。
■右上(外展×意味)での滞在
外展×意味での滞在とは、どのような状態でしょうか。
言葉が届かない、と感じるとき。
言葉にはしている。
外には出している。
けれど、どこか手応えが薄い。
このときの私は外には出ているが、内側が置き去りになっているのかもしれません。
速く動いているのに、どこか乾いていく感じ。
想像すると焦燥感が湧いてきます。
■右下(外展×感取)での滞在
外展×感取での滞在とは、どのような状態でしょうか。
目の前の出来事、相手の言葉、その場の空気。
こうしたものを受け取り続けるとき。
起きたことに反応し続ける。
流れてくる情報を浴び続ける――。
私にとってこの右下の滞在は、他の3つに比べると実感しづらいようです。
外から何かを受け取ると、次の瞬間には、もう内側で揺れている。
外で感じ続ける、というより感じた途端に内へ引き込んでしまう。
私にとっての右下は、「滞在する場所」というより「通過点」に近いのかもしれません。
2種類の滞在
ここまで「思考の滞在」について、その観察の結果を、ややネガティブに評価してきました。
しかし、1つの象限に留まることが、ネガティブであるかポジティブであるかは、常に一定ではない気がします。
だからこそ、どちらかというと不のニュアンスを帯びた「滞留」ではなく、よりフラットな「滞在」を用いたのです。
1つの象限にしばらく留まる「滞在」には、2つの種類があるようです。
熟成の滞在と硬直の滞在です。
■熟成の滞在
たとえば、内包×感取(左下)に長く留まっているとき、揺れや違和感がまだ意味になる前の形で内側に静かに沈み続けています。
このとき、止まっているように見えて、実は、
「内側でじわじわと層が厚くなっている」
ともいえます。
あるいは、内包×意味(左上)に留まり、構造や言葉を何度も組み替えている時間。
これもまた、外に出ていないからといって、何も起きていないわけではありません。
熟成の滞在は、
「感覚や意味が内部で育っている状態」
だといえそうです。
換言すれば、熟成の滞在は、
「次の遷移へのあえて準備」
なのです。
■硬直の滞在
熟成の滞在が、
「次の遷移が潜在的に開いたまま、ある象限に留まっている状態」
だとすれば、一方の硬直の滞在は、
「次の遷移が構造的に閉じてしまった状態」
だと言えます。
内包×感取(左下)に沈んだまま、意味に上がる気配が見えない。
内包×意味(左上)で回り続け、外へ開く一歩が出ない。
外展×意味(右上)で主張し続けたまま、内に戻る余白を失かけている。
外展×感取(右下)で状況に巻き込まれ、その場を離れられない。
熟しているというより、固まってしまっている感覚です。
前章で挙げたとおり、不安、苦しみ、乾き、焦りとして私には知覚されます。
右側の熟成
熟成のニュアンスはどちらかというと、左側(内包)の方がしっくりきます。
ただし、
「次の遷移が潜在的に開いたまま、ある象限に留まっている状態」
であり
「次の遷移へのあえて準備」
であるという定義に従えば、右側(外展)でも、熟成の滞在はあり得ます。
■右下(外展×感取)での熟成の滞在
人の言葉を聴き続ける。
場の空気に身を置き続ける。
出来事の只中に居続ける。
意味付けもせず、内側にも沈めもせず、ただ外界にさらされ続ける。
このとき起きているのは、意味ではなく感度の熟成です。
何をどう感じ取っているのか、自分でもまだ分からない。
けれど、感じ取る解像度そのものが、少しずつ上がっていく。
ここでの滞在は、右下(外展×感取)から、たとえば左下(内包×感取)へと沈んでいく遷移の外側での準備段階だと言えます。
まだ沈まない。
しかし、いつでも沈める。
この状態が世界との接触の中で整えられていくのです。
■右上(外展×意味)での熟成の滞在
言葉にし続ける。
語りかけ続ける。
説明を尽くす。
内包にも感取にもすぐには戻らず、あえて外に開き続ける。
このとき熟していくのは、表現の型や応答の輪郭です。
どの言葉が届き、あるいはどこで意味がずれるのか。
それらが、外界との往還の中で少しずつ見えてくる。
ここでの滞在もまた、右上(外展×意味)から左上(内包×意味)、右下(外展×感取)または左下(内包×感取)への遷移の、外側での準備段階なのです。
すぐには動かないが、動けなくなっているわけではない。
この「未確定の開き」こそが熟成の条件なのでしょう。
私の場合、硬直の滞在を感じにくい右下(外展×感取)に、あえて熟成のための滞在してもよいのかもしれません。
◇今日の気づき
熟成の条件は次の遷移への未確定の開き
滞在が短い場所であえての熟成を試みる
◇この文章の入口(参考)
感覚の引っかかり(左下)から、意味がほどけ始めるところ(左上)へ
この文章は、
判断や結論に入る手前の、話の地面を整える工程(lapi-schutto.jp/before-the-talk)に関わる中で書かれています。
この文章を読んで、
話が噛み合わない感触や結論に入る前の違和感
が残るときは、それを急いで解消しなくても構いません。
そのための場所を、別に置いています。
