(メールマガジンとして配信された文章)
おはようございます。ラピシュットの長谷川高士です。
新年、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年末の編集後記の予告どおり、今日はお知らせを兼ねたご報告です。
今日のコンテンツは、NHKの解説委員、です。
お気づきのとおり、メルマガのタイトルを新しくしました。
そして、配信者である私の所属を、くまもと水と福祉の研究室からラピシュット合同会社に改めました。
「書く中身を変えよう」
というわけではありません。
(ご安心ください)
足かけ9年、7日に一度のペースで文章を書き連ねてきた結果、気づけば辿り着いていた景色。
「名を、実態に合わせる頃合いかな」
401号と年明けが重なる奇遇も手伝って、そう思うに至りました。
今の私に、どんな景色が見えているのかは、昨年末の約2か月半の間、このメルマガで書いてきたとおりです。
そして今日、それに、もう一つ足してみようと思います。
やや(というか、まあまあ)詩的ではありますが、そのまま置いてみます。
私が関わりたいのは、
前提が共有されず、
ゆえにそれが揃わないまま進むことで、
可能だったはずの未来が静かに閉じていく場である。
私には、その閉じる音が聞こえてしまう。
「可能な未来が閉じてほしくない」
と願い、立ち止まる勇気を出せる人には、
深呼吸をしてほしい。
話の地面が、どうか整いますように。
NHKの解説委員
NHKには解説委員という肩書きの職員がいます。
『時論公論』や『みみより!くらし解説』などの番組に出演し、文字どおり
「解説している人」
と言えば、イメージが湧くでしょうか。
およそ6年前からテレビはほぼNHKしか観なくなった私は、この解説委員という存在を深く認識し、いつしかその関わり方を
「いいなあ」
と羨むようになっていました。
私は解説委員の何に、あるいはどこに、惹かれているのか――。
判然としなかったこの問いの答えが、メルマガ分析の過程でありありと浮かび上がってきました。
ここから先は「公式の」ではなく、あくまでも私個人の“解説委員感”に基づいて話を進めます。
立ち位置が許されている
私が惹かれていたのは、解説委員の肩書きでも専門性でもなく、ましていわんや権威性でもメディア露出でもありません。
私が羨んでいたのは、その立ち位置が許されていることでした。
解説委員は「解説」という手段を用いて、対象となる話題の前提を整えています。
解説委員は、主張しません。
賛成も反対もしません。
結論を出さず、行動を促しません。
ゆえに解説委員の発言がネットニュースに取り上げられることはありません。
そもそも今書いている私の頭の中に、特定の解説委員の顔すら浮かんでいません。
それでいて解説委員は、逃げず、中立を装わず、無責任でもありません。
私にとって解説委員は、
「(視聴者の)判断のために何が必要か」
を誰よりも真剣に扱う人です。
つまり、
「判断そのものでなく、その手前を引き受ける」
というのが解説委員の立ち位置です。
この立ち位置が、構造として担保されている。
そのことを私は羨望していたのです。
ではなぜ、私がそれを羨むのか。
(やや卑屈な書きぶりにはなりますが)
つい立とうとしてしまう同じ立ち位置が、私においては歓迎も承認もされなかった、という経験が何度もあったからです。
「回りくどいな」
「そこまで考えなくてよくない?」
「時間がないから先に進もう」
私がもっとも価値を置いている工程は、私以外には、もっとも飛ばされがちな工程でした。
解説委員は(当然ながら)飛ばされることなく、急かされることもなく、「後でいい」とは言われません。
大袈裟を承知でいえば、制度や構造に守られている居場所があります。
私は、解説委員という存在に
「ありのままの関わりを許されている自分」
を投影していたのだ思います。
恐れたり阿ったりをやめてみる
「憧れるのをやめましょう」
かつてそう言ったのは、「地球上で最高の選手」と敵将からさえ称えられるまでになった日本人メジャーリーガーです。
理由は、
「憧れてしまっては超えられない」
からでした。
「やめましょう」と言われたり、「やめよう」と思うまでもなく、謎が解けたら羨む気持ちは薄れていました。
そして、恐れる、というか阿(おもね)ることをやめてみようと思いました。
それでつくった(というか、リニューアルした)のが、このホームページです。
メルマガのバックナンバーをあらためてここに置き直しました。
https://lapi-schutto.jp/writings/
説明は、しません。
必要な人の必要なときに向けて置いてあります。
そして、来週以降も、メルマガは続きます。
◇今日の気づき
判断そのものでなくその手前を引き受ける
私には、その閉じる音が聞こえてしまう
◇この文章の入口(参考)
感覚(左下)と現場(右下)から、意味(左上)へ
この文章は、
判断や結論に入る手前の、話の地面を整える工程(lapi-schutto.jp/before-the-talk)に関わる中で書かれています。
この文章を読んで、
話が噛み合わない感触や結論に入る前の違和感
が残るときは、それを急いで解消しなくても構いません。
そのための場所を、別に置いています。
