ここで書いている「左上」は、定義された概念や理論を指しているわけではありません。
話が噛み合わない場に立ち会う中で、いつも同じところで足が止まります。
言葉を選ぶ前に、まず詰まる。
何を言うかより、何を言わないかが先に立つ。
意味を決める前に、感触だけが残っている。
正しさを足すより、一度置き直さなければ進めない。
そんな工程を、私は「左上」と呼んできました。
いつも足が止まる場所。
この場所には、どこか馴染みがありました。
私にとって〈左上〉は
「手放すことができなかった回路」
なのだと思います。行きたいから行っていたわけではない。
行かずに進む、という選択が、私にはほとんど残されていなかった。
意味が結ばれないまま進むことが、どうしてもできなかった。
だから立ち止まり、だから内側で確かめ続けてきた。
最近になって、そのことをようやく受け止められるようになりました。
〈左上〉を閉じずに生きてきた。
それが、私のこれまでだったのだ、と。
「手放すことができなかった回路」より