(このページの特徴)

ここから先は、少し踏み込んで書いています。

違和感があれば、そこで止まっても大丈夫です。

なぜ、結論に入れない場があるのか

話が噛み合わないまま、結論や判断を迫られている場に、何度も立ち会ってきました。

その多くは、誰かが間違っているからでも、能力が足りていないからでもありません。

前提にしている情報
期待している感情
言葉にされていない了解事項

これらが揃わないまま話が進んでいる。

それだけのことでした。

思考の4象限という見取り図

自分が何をしているのかを後から振り返るために、思考を4つの領域として捉える見取り図を使うことがあります。

内側と外側。
意味と感覚。

この図は、人を分類したり、優劣をつけるためのものではありません。

今、どの領域に立って話が進んでいるのかを、静かに確かめるための地図、あるいは見取り図のようなものです。

意味
感覚
内側外側

左上に滞在してきたということ

この見取り図で言えば、意味や前提を内側で扱う領域、すなわち「左上」を、私は頻繁に経由してきました。

それは、深く考えたいからでも、分かりにくくしたいからでもありません。

そこを通らずに判断に入ると、後から必ずどこかが壊れる――。

そう感じる場面が、あまりにも多かったからです。

左上は、答えが生まれる場所ではありません。

意味が結ばれる前の、まだ言葉になっていない工程です。

そこで一度、私は呼吸を整えているのです。

左上を善にしない

誤解を避けるために書いておくと、私は左上を「特別に優れた場所だ」と考えているのではありません。

必要のない場面も多くありますし、長く留まることが必ずしも良いわけではない、と知っています。

それでも私は、ある種の場面で、
自然に、あるいはどうしても、足が止まります。

前提が揃わないまま話が進み、
本来なら開かれていたはずの選択肢が、
静かに閉じていくように感じられる場です。

その閉じかけている音が、私には聞こえてしまうのです。

だから私は、
すぐに結論に入ることよりも、
一度立ち止まり、深く息を整える時間を選んできました。

可能な未来が閉じられずに済むなら、それでいい。

その経験を、何度も引き受けてきただけなのです。

今の距離感

ここに書いたことは、主張でも、方法論でもありません。

私が、どこを通りやすく、どこで立ち止まりやすいか。

その痕跡を、説明せずに置いているに過ぎません。

「合わない」と思う人がいても、自然なことだと思っています。

ここまで読んで、違和感を覚えたなら、それも健全な反応の1つです。

この文章は、理解されることを目的にしていません。
それでもなお「読み進めたい」と感じたのなら、それだけで十分です。

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