説明しているはずなのに、なぜか話が噛み合わない。
何度言い直しても、相手が分かったようで、分かっていない気がする。
そんな場面に、心当たりはないでしょうか。
このページでは、
説明の中身ではなく、説明が始まる前に起きていること
に目を向けています。
ここから先で書いているのは、
「分かりやすく説明する方法」でも、
「伝え方のテクニック」でも、ありません。
説明が噛み合うときと、噛み合わないときで、
何が共有され、何が共有されていないか。
その違いについて書いています。
最初に確かめること
何かを説明しようとするとき、私はまず、その相手が
その説明のテーマについて、どの程度の前提情報を持っているか
を確かめています。
それは丁寧さの問題でも、
分かりやすさの工夫でもありません。
前提が揃っていないまま説明を始めると、
その説明自体が意味をなさなくなってしまう
からです。
話が噛み合わないときに起きていること
説明が噛み合わない場では、多くの場合、話している内容そのものよりも、
- どこまでは共有できているか
- どこから先が、まだ共有されていないか
が、確認されないまま進んでいます。
相手が持っている前提とこちらが想定している前提が、
ズレたまま
で、説明を重ねれば重ねるほど、
言葉は増えていきます。
けれど、その説明は一向に届かない。
説明が「足りていない」のではなく、
立っている地面が違ったまま話している。
それだけのことです。
説明が噛み合うときに、先にしていること
話が噛み合う説明の場では、説明に入る前に、次のことが静かに行われています。
- どこまでは共有できているか
- どこから先が、まだ共有されていないか
これらを確かめること、です。
場合によっては本題に入る前に、
必要な前提情報だけを先に出す
ということもあります。
これは回り道ではありません。
この工程を通らなければ、
その先の説明が、そもそも成立しないのです。
説明が“成立した”という感覚
この工程を踏んだ場で得られるのは、
説明が“上手くできた”というよりもむしろ、
次のような“成立した”という感覚に近いものです。
- 話が途中で止まらない
- 無駄な補足が増えない
- 相手が自分の言葉で言い直せる
このとき、説明は静かに成立しています。
ここで起きているのは、説明技術の巧拙ではありません。
話ができる地面が、先に整っている。
それだけです。
この工程が飛ばされるとき
時間がないとき。
結論を急ぎたいとき。
「とりあえず説明すれば分かるだろう」と思ったとき。
この確認は、真っ先に省かれます。
その結果、
説明が続いていても、話は前に進まない。
そんな場面を、私は何度も見てきました。
ここで終わっても構いません
この工程は、すぐに使える方法でも、誰にでも当てはまる型でもありません。
説明しているのに、
「なぜか話が噛み合わない」
と感じたときに、
説明の内容ではなく、
説明が始まる前に、何が共有されていたか
を、一度立ち止まって眺めてみる。
このページは、ここまでを扱っています。
立ち止まるための場所
もし、「話が始まる前の工程」について、もう少し言葉を見てみたい、と感じたら、別のページにその話を書いています。
説明が噛み合わないのは、その手前の工程が飛ばされているからです。
こうした場に、これまでどう関わってきたかを残しています。
無理に進む必要はありません。
必要だと感じたときにだけ、辿ってください。
(補足)
「話が噛み合わない」と感じること自体は、失敗でも、能力の問題でもありません。
多くの場合、
まだ扱われていない工程が残っている。
それだけのことです。

