ちゃんと聴いているのに、なぜか話が噛み合わない。
内容は分かるし、言っていることも筋が通っている。
それでも、どこか腑に落ちない。
そんな場面に、心当たりはないでしょうか。
このページでは、
話の中身ではなく、話が始まる前に起きていること
に目を向けています。
ここから先で書いているのは、
「分かりやすく説明する方法」でも、
「聴き方のテクニック」でも、ありません。
話が始まる前、聴く側と話す側の間で、
何が共有され、何が共有されていないか。
その違いについて書いています。
内容ではなく、話の位置が分からない
誰かから相談を受けたり、
状況の説明を受けたりするとき、
私は、かなり手前から話を聴き直すことがあります。
「そもそも、どういう経緯でしたか」
「最初に起きたのは、どの場面ですか」
「それは、いつ頃の話ですか」
話している本人にとっては、
「そこはもう分かっている前提」
「本題とは関係ない部分」
かもしれません。
けれど、その手前を共有しないまま進めると、
話の位置が分からず、中身が十分に理解できない
ということがあるのです。
上手く説明されているのに、噛み合わない理由
話が噛み合わないとき、
必ずしも説明が不足しているとは限りません。
言葉は足りている。
順序も整理されている。
論理も通ってる、のです。
それでも「噛み合わない」と感じるられるとすれば、
問題は話の内容ではなく、
どこから始まり、どこから語られているか、という話の位置
にあります。
- 何を前提とし、何を省いているか
- どの立場で語られているか
- どこまでが客観的な事実で、どこからが主観的な評価であるか
これらが共有されないまま、話だけが先に進んでしまっているのです。
仮に内容を追えたとしても、この状態では、
「分かった」
とは言えません。
手前に戻るのは、疑っているからではない
話を手前に戻そうとするとき、
やや警戒されることがしばしばあります。
「信用されていないのではないか」
「細かいところを詮索されているのではないか」
話す側がそう感じてしまうこともあるでしょう。
しかし、手前から尋ねるのは、
相手を疑っているからでは、もちろんありません。
その説明が立つ地面を、共有したい。
ただ、それだけなのです。
地面が揃っていないままでは、
どんな結論も、どんな助言も、
上手く立たないからです。
話を早く進めるために、あえて急がない
話の手前に戻ることは、一見、遠回りのように思えます。
実際、時間もかかります。
それでも、その工程を飛ばすと、
後になって、必ずどこかで話が崩れます。
- 話が噛み合わなくなる
- 判断や助言が的外れになる
- 「言った」「聴いていない」が起きる
そうならないために、
私はあえて話を手前に戻します。
話を止めるためではなく、
話がちゃんと動き出すために。
話が噛み合う聴き方とは何か
噛み合う聴き方とは、
相手の言葉を早く理解することではありません。
説明の途中で、
「この話は、どこから始まっているのか」
「どの前提が、まだ共有されていないのか」
と、一度立ち止まれること、です。
それだけで、
同じ話でも、受け取り方が大きく変わります。
ここで終わっても構いません
もし、ここまで読んで、
「自分も、途中から話を始めていたかもしれない」
「聴いているつもりで、地面が揃っていなかったかもしれない」
そう感じたなら、今日はそれだけで十分です。
すぐに直す必要も、
結論を出す必要もありません。
話が噛み合わないとき、
その原因は能力や誠意ではなく、
話が始まる前の工程にあることがよくあります。
そのことに気づけただけで、
次に誰かの話を聴くときの地面は、
少し変わります。
立ち止まるための場所
もし、「話が始まる前の工程」について、もう少し言葉を見てみたい、と感じたら、別のページにその話を書いています。
聴き方のズレは、判断前の工程としてよく起きます。
このように、場ごとの地面が痕跡として残ります。
無理に進む必要はありません。
必要だと感じたときにだけ、辿ってください。
(補足)
「話が噛み合わない」と感じること自体は、失敗でも、能力の問題でもありません。
多くの場合、
まだ扱われていない工程が残っている。
それだけのことです。

