話し合いをしているのに、なぜか話が噛み合わない。
論点は整理されているし、理屈も通っている。
誰かが間違ったことを言っているようにも思えない。

それでも、結論に近づこうとすると空気が重くなり、
「このまま進めていいのか」
という戸惑いが残る。

そんな場面を経験したことはないでしょうか。

こうした場面で起きているのは、
単なる意見の違いや説明不足ではありません。

多くの場合、

感情の扱われ方が前提として揃っていない

というズレが生じています。

このページでは、
「感情が原因で話が噛み合わない」という単純な話ではなく、

話し合いの場面で、感情がどのように扱われているか

という工程に目を向けています。

感情が前提に含まれていない状態

ここでいう感情とは、
怒りや不満といった強い感情だけを指しているわけではありません。

  • 不安
  • 迷い
  • 納得しきれていない感じ
  • 言葉にならない違和感
  • 置き去りにされた気持ち

など、これらの感情も含まれます。

理屈や条件、数字や手順は前提として共有されている。

けれど、その判断を支えているはずの気持ちが、
最初から場の外に置かれている。

あるいは、

「感情は後でいい」
「今は冷静に考えよう」
「気持ちの話をしている場合ではない」

そんな空気が暗黙の前提として流れている。

そんなとき、その場が

「感情を扱ってよい場」だと思われていない

という状態が生まれている恐れがあります。

感情が邪魔者扱いされることで起きる停滞

感情が前提に含まれておらず、
「感情を扱ってよい」と思われていない場では、
次のような現象が起きやすくなります。

  • 反対意見は出ないが、同意も広がらない
  • 「妥当な案」はあるのに、引き受ける人がいない
  • 話し合いを重ねるほど、言葉が減っていく
  • 結論を急ぐほど、場が硬直する

こんなとき、表面上は、

「検討が足りない」
「情報が不足している」
「まだ詰めが甘い」

と説明されることが多いかもしれません。

しかし実際には、

感情が前提に含まれず、邪魔者として扱われている

ということが、話の停滞を生んでいる場合があります。

感情が処理されていないままでは、
人は安心して決めることができません。

これは、能力や意欲の問題ではありません。

理屈は合っているのに進まない場で起きていること

この工程は、

「感情を出しましょう」
「共感が大事です」

といった話とは異なります。

また反対に、

「感情をコントロールすべきだ」

という主張をしたいわけでもありません。

もしも、

「感情もまた前提の一部である」

という認識が共有されないままで結論に入ろうとすると、
どこかで必ずブレーキがかかります。

理屈は合っているのに話が進まないような場では、

この工程が飛ばされていること多いのです。

ここで急がなくてもよい

もしも今、

「なぜ話が噛み合わないのだろう」
「これ以上、何を整理すればいいのか分からない」

そう感じているなら、
それは失敗でも、停滞でもありません。

ただ、

感情が前提に含まれていないままで

先に進もうとしているだけ、なのかもしれません。

ここで無理に結論を出さなくても構いません。

感情を整理しろ、と求める必要もありません。

何が前提として扱われ、何が扱われていないのか
を、一度立ち止まって眺めてみる。

それだけで、
次の判断や話の進め方が少し変わります。

このページは、
そのための工程を、ここに置いています。

立ち止まるための場所

もし、「話が始まる前の工程」について、もう少し言葉を見てみたい、と感じたら、別のページにその話を書いています。

このズレは、結論の前に扱われるべき工程の一つです。

結論の前に

このような状態は、複数の場面で観察されます。

立ち会ってきた場

話の地面

無理に進む必要はありません。

必要だと感じたときにだけ、辿ってください。

(補足)

「話が噛み合わない」と感じること自体は、失敗でも、能力の問題でもありません。

多くの場合、

まだ扱われていない工程が残っている。

それだけのことです。