(メールマガジンとして配信された文章)
おはようございます。ラピシュットの長谷川高士です。
創業して1年4か月、本格的に事業をスタートしてからは約8か月が経ちました。
当初は思うように売上が立たず、不安が募りました。
このメルマガでも、その不安を赤裸々に打ち明けたこともありました。
その後、年末頃から状況が好転し始め、今では「軌道に乗った」と言えるまでになりました。
今日のコンテンツは、人生というプロジェクト、です。
一昨年末の熊本への移住と同時に設立したラピシュット合同会社。
私は、22年間勤めた会社を退職し、いわゆる独立起業をしたのでした。
起業から1年4か月が経ちました。
最初の数か月間は引越やら何やらでバタバタ。
会社の事業に本格的に取り組み始められたのは、昨年の4月頃でした。
それからさらに、ホームページやチラシの制作など、いわゆる開店準備に約3か月を要し、実際の営業活動は8月からでした。
今思えば、何とものんびりとした計画の甘いスタートでした。
その甘さのツケを、夏から秋にかけてしっかりと払うことになりました。
営業活動を始めたからといって、すぐに受注できるわけではないからでした。
ようやくそのことに気づいた10月頃、私はやっと周りの人に頼り始めました。
人に頼ることが苦手だった私ですが、背に腹は代えられなくなったのです。
当時の私にしてみれば、まさに
「藁をも掴む思い」
だったわけです。
しかし、私にとって藁に見えていたナニモノかは、溺れかけた私が掴まるのに相応しい対象でした。
山口周さんのコラムを読む
作家の山口周さんがnoteに書いたのコラム「人生というプロジェクトの基本原理」を読みました。
コラム全文は有料ですが、無料で読める部分だけでも十分に読み応えがありました。
ここからは、このコラム内(無料部分)の文章をしばしば引用しながら進めます。
本論では「人生というゲームの長期目標」を次のように設定します。
時間資本を適切に配分することで持続的なウェルビーイングの状態を築き上げ、いつ余命宣告をされても「自分らしい、いい人生だった」と思えるような人生を送る
ウェルビーング(well-being)とは、心身ともに満たされた状態を指しますが、その訳語の1つに福祉(=幸福)があります。
私は、講演や研究活動を行う際の肩書きを「くまもと水と福祉の研究室 主任研究員」としています。
私の研究したい対象の1つは、ウェルビーングなのです。
本書(原文ママ、以下同じ)で設定するプロジェクトの目的では、お金持ちになることでも、会社で出世することでも、社会的な栄誉を得ることでもなく、「持続的なウェルビーイングの状態を築くこと」を目指す、ということです。
(中略)
注意して欲しいのが、この目的設定における「持続的」という要件です。これは何をいっているかというと、本書では「人生の最後にウェルビーイングを実現すればいい」という考え方を採用しない、ということです。
理由は単純で、私たちは「自分がいつ死ぬか」を知らないからです。「人生の最後」がいつなのか、その時期が確定しない以上、これを目的に設定することはできません。
全く同感……と、思えるようになったのはつい最近のことです。
「持続的なウェルビーイングの状態を築く」
を、ひと言で言い換えると
「今を生きる(あるいは生き切る)」
ということ。
私はどちらかというと「少し先の未来」に焦点を合わせて、これまでの人生を生きてきました。
しかし、本当にごく最近になって、「今を生きよう」と思えるようになりました。
この話は、今日の結びで再度触れます。
人が人をつなぐというダイナミズム
で、冒頭の「藁をも掴む」の話につながるのはここからです。
ウェルビーングを生み出すものに
- 時間資本
- 人的資本(スキル、知識、経験)
- 社会資本(信用・評判、ネットワーク、友人・家族関係)
- 金融資本(現金、株式、不動産など)
の4つがある、とした上で、その関係性を山口さんは次のように説明しています。
┏>人的資本━┓
┃ ∨ ┃
時間資本┛-- 社会資本━┣> ウェルビーング
│ ∨ ┃
└ -- 金融資本━┛図中で「人的資本と金融資本はつながっていない」という点に注意してください。これは何を意味しているかというと、金融資本を生み出すのは主に社会資本であって、人的資本は間接的にしか影響しない、ということなのです。
(中略)
「金融資本を生み出すのはその人の持っている信用・評判・知名度などの社会資本であって、知識・能力・コンピテンシーなどの人的資本ではない」ということです。これはキャリアを考える上で非常に重要な点であるにもかかわらず、多くの人が誤解している点です。
50年間生きてきた私には、おかげさまで人的資本と社会資本がありました。
しかし基本原理を誤解していた私は、
「人的資本が金融資本に直接的に結びつくこともある」
と思ってしまっていました。
もちろん、社会資本を介した両者のつながりも承知していました。
しかし、社会資本を通じたつながりしか両者にはないことを、分かっていませんでした。
溺れかけた私が掴んだものこそが私の社会資本であり、これに正しく頼ることは、原理的には金融資本を生み出す唯一の道でした。
「人は一人では生きていけない」
この言葉の意味をようやく、そして一段深く理解することができました。
しかも、社会資本のダイナミズムである次のことを、わずか数か月間で身をもって知ることになります。
ここでもう一つ「人生の戦略」を考える上で重要な点を指摘しておきたいと思います。それは「人的資本には上限があるが、社会資本には上限がない」ということです。
人が人をつないでくれる。
そして、そのつながりを介して人的資本が金融資本を間接的に生み出す。
ただただ、そのありがたさを感じています。
必要な情報は必要なタイミングで集まる
先週の編集後記で「時間術の本を読み(聴き)あさっている」と書きました。
あれから、さらにまた時間に関する洞察が深まりましたが、本コラムではその核心が次のように説明されています(この部分は要約引用します)。
人生の経営戦略のポイント
- コントロールできる戦略変数は「時間資本しかない」
私たちはしばしば、他者や組織や社会など、自分ではコントロールできないものを動かそうと無用な努力を重ねてしまう。- 「時間資本をいかに配分するか」が 中心的な論点になる
戦略とは「資源配分のアートとサイエンス」である。必ず持っている時間資本をいかに配分するかが戦略の中心テーマである。
おさらいすると、山口さんは人生というプロジェクトをゲームに準えた上で、その目標を次のように設定しました。
- 時間資本を適切に配分することで持続的なウェルビーイングの状態を築き上げ、いつ余命宣告をされても「自分らしい、いい人生だった」と思えるような人生を送る
つまりは、次のように言い換えられます。
人生とは、
- 時間資本を別の資本に変えるゲーム
- 戦略は時間配分のアートとサイエンス
- 目標は「持続的なウェルビーイングの状態を築き上げる」こと
時間配分のサイエンスこそが時間術ですが、詰まるところ、その極意とも言えるのが「今を生き切る」であり、その営みはアートにもなり得ます。
この辺りの具体的な内容は、号をあらためて書こうと思います。
必要な情報は必要なタイミングで集まってくる。
というよりも必要に迫られて感度が高まると必要な情報に気づく、のかもしれません。
いずれにしても、50歳という節目に大切だと思えることに気づけたこと感慨深く思います。
◇今日の気づき
人生は時間資本を別の資本に変えるゲーム
金融資本は社会資本を介してのみ生まれる
◇引用・参考文献一覧
山口周(2024年10月21日)「人生というプロジェクトの基本原理」note
https://note.com/shu_yamaguchi/n/n770b0d39eaea
◇この文章の入口(参考)
出来事や実務(右下)から、考えの枠組み(右上)を経て、意味(左上)へ
この文章は、
判断や結論に入る手前の、話の地面に立ち戻る中で書かれています。
この文章を読んで、
話が噛み合わない感触や結論に入る前の違和感
が残るときは、それを急いで解消しなくても構いません。
そのための場所を、別に置いています。
