メールマガジンとして配信された文章)

おはようございます。ラピシュットの長谷川高士です。

まもなくミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが開幕します。

今日のコンテンツは、言語化、です。

NHKの番組「感動!スポーツ名場面 冬季オリンピックSP」を視聴しました。

内容はタイトルから想像されるとおりです。

番組内で詳しく取り上げられたのは、スキージャンプ、フィギュアスケート、スピードスケートの3種目でした。

フィギュアスケートのセクションでは、伊藤みどりさんに端を発する、日本の女子選手における「トリプルアクセルの系譜」が辿られました。

その中において欠くことのできない存在の1人が、浅田真央さんでした。

「アスリートであり、アーティストでもある浅田真央の最高到達点」

こう称される2014年ソチオリンピックでの伝説的なフリー演技。

そのシーンを映像で振り返った後、ゲストとして出演していた元フィギュアスケーターでもある俳優の本田望結さんが、こんなことを語りました。

浅田選手の表現力で好きなところは、顔と体が一緒なんですよ。別々じゃない。

顔が笑顔になれば体も笑顔になっている。
顔が怖いと体も怖くなる。

その一体感が私はすごく好きなんです。

この本田さんの発言に一際大きく反応したのが、元フィギュアスケーターでペアとしてオリンピック出場経験を持つ高橋成美さんでした。

わかる、わかる、わかる。すっごいわかる。

全く同意見です。

今まで言語化したことなかったけど、まさにそこ。

すごくそこに惹かれます。

この時の高橋さんの頷きの大きさは、進行の伊集院光さんをして
「頭がもげるくらい(頷いている)」
と形容せしめるほどでした。

わかる人とわからない人の差

フィギュアスケートの素人である私には、本田さんの説明は
「わかるようで、わからないもの」
として聞こえました。

なるほど、言われてみればそうなかもしれない。
でも、わかったとは言い切れない。

少なくとも、高橋さんのような
「わかる、わかる、すっごいわかる」
と頭がもげるほど頷く強さの納得感は、私には得られていませんでした。

本田さんや高橋さんと私との間には、技術や経験、そして知識量の差が当然にあるでしょう。

それを踏まえた上で私は、この場面に「言葉が立ち上がる瞬間」を見た気がしました。

高橋さんにとって本田さんの一言は、
「全く新しい発見だった」
というよりも、ずっと感じていた何かに
「名前がついた」
という瞬間だったのではないかと思います。

「今まで言語化したことなかったけど、まさにそこ」

高橋さんのこの言葉は、そのことを如実に示しています。

感じていたことが言葉になるとき

何もなかったところに新しい意味を生み出すのではなく、すでに身体や感覚の中にあるものを外に出せる形にすること。

言語化とは、こんな営みなのかもしれません。

高橋さんは、浅田選手の演技に強く惹かれる理由を非言語のイメージとしてずっと抱いていた。

高橋さんの中でずっと明確であったそれは、しかし言葉にはされていなかった。

そこに
「顔と体が一緒なんですよ」
という一言が、すっと差し込まれた。

その瞬間、イメージが構造として見えるようになった。

だからこそ、
「すっごいわかる」
という反応が、あれほど強くあれほど即座に、立ち上がったのではないか思います。

言語化は、橋を架ける行為

このやり取りを観て、
「言語化とは、橋を架ける行為なのだ」
と、私は感じました。

この橋が架かる場所は、2つあります。

1つは、自分の内側と理解の対象との間、です。

感じてはいるが未だ掴めていないものと、そう感じている自分。

この2つの間に橋が架かると、高橋さんのように
「なるほどそういうことか」
という深い納得感に至ります。

いま1つは、自分と他者との間、です。

同じ対象を複数人で見聞きする。

その場に誰かが言葉を置く。

その直後、
「まさに、それ!」
と、重なりが生まれる。

本田さんと高橋さんの間に橋が架かった瞬間でした。

積極的に言語化する、ということ

言語化は、自然に出てくるもの、というよりも、その多くが「意図的な営み」だと思います。

「今自分は、何に引っかかっているのか」
「なぜ、これが気になっているのか」
「どこが心地よいのか」

こうした問いを自分に向け続ける。

ぴったりの言葉は、すぐには出てこないかもしれません。

むしろ、的外れであり、仮であって、言い直したくなる言葉ばかりが出てくるかもしれません。

それでも出してみる。
外に置いてみる。

すると、自分の中でも、誰かとの間でも、見える景色が少しだけ変わるかもしれません。

言葉が、感覚をひらく

上手くなくていいです。
それでも言葉にしてください。

今、あなたの中に灯っているのは、あなたが言葉にしてくれないと消えてしまう光なんです。

2025年12月2日配信の第396号で紹介した『舟を編む ~私、辞書つくります~』の馬締光也のこの台詞を思い出しました。

本田さんの一言がなければ、高橋さんの中にあった「(浅田真央さんの演技に)惹かれている理由」は、おそらくは未だイメージのままだったでしょう。

それが、
「顔と体が一緒」
という言葉の提供を受けたことで、本田さんと同じく自ら扱うことができ、しかも他者と共有できるようになりました。

言語化とは、すでに身体や感覚の中にあるものを外に出せる形にすること。

外に出すことで、自分も自分以外の他者もそれに触れることができるのです。

◇今日の気づき

言語化とは、外に出せる形にすること
外に出すことで2つの場所に橋が架かる

◇この文章の入口(参考)

感覚(左下)から、意味(左上)へ


この文章は、
判断や結論に入る手前の、話の地面に立ち戻る中で書かれています。

この文章を読んで、

話が噛み合わない感触や結論に入る前の違和感

が残るときは、それを急いで解消しなくても構いません。

そのための場所を、別に置いています。

結論の前に