(メールマガジンとして配信された文章)
おはようございます。ラピシュットの長谷川高士です。
私の主な情報源の1つに「スマートニュース」というアプリがあります。
ひと言でいえば「ネット上の記事をたくさん読めるアプリ」です。
そのスマートニュースを介して読んだものの中に、ひときわ興味深い記事がありました。
今日のコンテンツは、思い付く力、です。
私が愛用する「スマートニュース」というニュースアプリ。
ネット記事を読み込んでアプリ上に表示してくれるのですが、文字や行間のサイズが調整され、元の記事よりも読みやすくなっているところが気に入っています。
そのスマートニュースで読んだ記事の中に、ひときわ興味深いものがありました。
記事のタイトルは、
“「三角形の内角の和」を知らない千鳥・大悟、小学校図形問題で超ファインプレー 大学出を唸らせる”
です。
掲載されているサイトはデイリースポーツというスポーツ新聞のネット版で、あるテレビ番組の内容を紹介する記事でした。
「大学出(だいがくで)」とは、いわゆる大卒(だいそつ)の人のこと。
その大学出のタレントを、大学出ではないタレントの1人が唸らせた、ということを見出しは伝えています。
記事を読んだ私――2025年2月現在、未だ大学出ではありませんが――も、思わず唸りました。
そして、あることにあらためて考えを巡らせました。
今日はその「考えを巡らせたあること」について書きたいと思います。
ギャラクシー賞受賞企画の続編
記事で紹介されたのは、テレビ朝日系列の『テレビ千鳥』という番組の2025年2月6日放送分です。
同番組に出演していた大学出のタレントを唸らせたのは、漫才コンビ・千鳥の大悟さんでした。
『テレビ千鳥』には人気企画があるそうで、その名も「テストで100点取りたいんじゃ!!」。
「小学3年で勉強をやめた」
「その後のテストは0点ばかり」
という大悟さんが、小学校で習う算数に挑戦する、というものです。
この「テストで100点取りたいんじゃ!!」という企画。
その前回放送分が、2024年度のギャラクシー賞を受賞しています。
ギャラクシー賞とはNPO法人放送批評懇談会が「日本の放送文化の質的な向上を願い、優秀番組・個人・団体を顕彰する」もの。
別のネット記事では、この受賞を次のように報じています。
「テストで100点取りたいんじゃ!!」は、小学生の頃から勉強を避けてきた千鳥・大悟が人生初の100点をとるべく、算数の勉強に挑戦する企画。彼は基本的な公式すら知らない状態ながら、手探りで分数の計算などにとりかかり、“大悟式”と名付けられた独自の計算法で正答に近付いていく。詰め込み教育ではなく、自発的に考えることで少しずつ勉強に楽しさを感じていく大悟の姿はSNSで大きな反響を呼んでいた。
企画の妙が評価された、ということなのでしょう。
公式を使わず三角形の内角を求める
大悟さんが今回挑戦したのは、三角形の内角の1つの角度を求める、という図形問題。
具体的には、
「1つが60度、もう1つが65度であるとき、残り1つの角度は何度か」
というものでした。
これは(ご承知のとおり)、
「三角形の内角の和は180度である」
という知識(公式)を使って解くことを想定している問題です。
「多角形の内角の和」と呼ばれるこの知識は、一般的には小学5年で習うそうです。
よって「小学3年で勉強をやめた」という大悟さんは、これを知りませんでした。
結論を先取りすれば、大悟さんは公式を使わずに自力でこの問題を見事に解いてしまいます。
自力で正解に至るその過程に、大学出が驚き、思わず唸った、ということです。
大悟さんが辿った過程は次のようなものでした。
- 「手分度器」で「なーんとなく」の角度を求めるも不正解
- 三角形の辺を延長すると「まっすぐ(直線)」になると気づく
- 「まっすぐ(直線)」の角度を考えるも分からず
- そのうち、直角が90度であることをどうにか思い出す
- 直角が2つ合わされば直線になることから、「まっすぐ」は180度であると発見
- 三角形の辺を伸ばし、60度の横は120度であると導き出す
- 他の2角も同様にするが、解には至らず壁にぶちあたる
- 直角四角形を描き、三角形を2個足すと四角になる、とひらめく
- 90度が4つあることから、直角四角形の内角の和は360度である、と導く
- 三角形はその半分だから(内角の和は)180度と、さらに導く
- 180 - 60 - 65 = 55、と正解に辿り着く
たしかにお見事。
「内角の和を知らないと不可能だと思った」
という大学出のタレントに対し、
「四角を描いた瞬間にひらめいた」
と、満足げな大悟さんだったそうです。
思い付く、という生きる力
思い付く、という力。
これは、私たちが生きる上で大切な能力の1つだと思います。
生きていれば、さまざまなピンチに遭遇します。
今生きている私たちは、
「それらのピンチを何らかの方法で乗り越えてきた」
と言えるでしょう。
乗り越えられたのは、その何らかの方法を
「思い付いたから」
にほかなりません。
あるいは、
「思い付ける人が側に居たから」
かもしれません。
いずれにしても誰かが方法を思い付いたことで、私たちは今生きてここにいる、のです。
「ひらめく」と「思い出す」
あくまでも私の経験的仮説ではありますが、思い付く、という脳の働きは、
「大きく2つに分けられるのではないか」
と考えています。
1つは「ひらめく」で、いま1つが「思い出す」です。
「思い付く」を生きる力であるとするとき、思い付くこと自体は方法を獲得するための手段だと言えます。
「ひらめく」なのか「思い出す」なのか、という思い付き方の別は、方法が獲得できるか否か、に比べればその重要度が決して高くはありません。
なぜならば、方法を思い付きさえすれば良いのだから。
むしろ重要なのは、思い付くまでに要する時間の長さでしょう。
すなわち、生きる力であることを前提にすれば、
「より早く思い付ける方が良い」
と、多くの場合で言えそうです。
同じ条件で比較することは難しいものの、一般的には「ひらめく」よりも「思い出す」の方が、その所要時間は短くなることが多そうです。
「思い出す」ために「知っておく」
「ひらめく」と「思い出す」。
この両者に優劣を付けることが本記事の目的ではありません。
繰り返しになりますが、「ひらめく」なのか「思い出す」なのか、という思い付き方の別は、方法が獲得できるか否か、に比べればその重要度が決して高くはないからです。
さらにいえば、思い付いた時の私たちは、今自分は「ひらめいた」のか「思い出した」のか、という区別について必ずしも自覚的だとも限りません。
ところで、「ひらめく」と「思い出す」との間には、もう1つ違いがあります。
それは制御の可能性です。
すなわち「ひらめく」に比べて「思い出す」の方が、コントロールしやすい、ということです。
より平たく言えば、「ひらめける」ようにはできなくても、「思い出せる」ようにはできる(かもしれない)ということです。
「思い出せる」ようになるために必要なのが「知っておく」ということ。
そして、「知っておく」ために行う活動が学習です。
“超ファインプレー”と評される大悟さんの解答ですが、最初から最後まで「ひらめく」で通したのではありません。
4)で「直角は90度」だと思い出しています。
これはおそらく、彼が小学3年まで勉強(学習)していたことで得られた結果でしょう。
重要だけど、ひらめきづらいこと
重要だけど、ひらめきづらい。
この要件に当てはまるものがあれば、知っていない限り思い付くことが難しいことになります。
重要なのに思い付けなければ、その方法でしか乗り越えられないピンチに対しては無力です。
この場合、その「重要だけどひらめきづらいこと」を学習して知っておくことこそが、思い付ける可能性を高められる数少ない方法の1つだと言えます。
要するに、思い出せるようになっておく、ということです。
おそらく世にある啓発活動の多くは、「重要だけどひらめきづらいこと」の学習を促し、その機会を提供するものでしょう。
私が行う活動もこれに当てはまります。
私が学習を促し、その機会を提供している「重要だけどひらめきづらいこと」は、次の内容です。
災害時には、水気を吸わせきれば、排せつ物はごみにも出せる
(紙おむつと同じだよ)
◇今日の気づき
思い出せるようになるには、学習が必要
啓発とは、学習の促しとその機会の提供
◇引用・参考文献一覧
デイリースポーツ(2025年2月7日)「「三角形の内角の和」を知らない千鳥・大悟、小学校図形問題で超ファインプレー 大学出を唸らせる」
https://www.daily.co.jp/gossip/2025/02/07/0018624210.shtml
NPO法人放送批評懇談会「ギャラクシー賞受賞作 第62回(2024年度)」
https://www.houkon.jp/galaxy-award/
ナタリー(2024年11月15日)「大悟が算数に挑戦した「テレビ千鳥」がギャラクシー賞の年間大賞候補に」
https://natalie.mu/owarai/news/599517
◇この文章の入口(参考)
出来事(右下)を通り、整理や説明(右上)をかすめて、意味(左上)へ
この文章は、
判断や結論に入る手前の、話の地面に立ち戻る中で書かれています。
この文章を読んで、
話が噛み合わない感触や結論に入る前の違和感
が残るときは、それを急いで解消しなくても構いません。
そのための場所を、別に置いています。
