(メールマガジンとして配信された文章)
おはようございます。ラピシュットの長谷川高士です。
放送大学のゼミに参加しました。
今日のコンテンツは、ゼミ、です。
現在、私は放送大学に学籍を持つ大学生でもあります。
放送大学は国が認可した正規の大学の1つで、「通信制大学」という種類に属します。
したがって放送大学では、他の大学と同様に、授業を履修し、単位認定試験に合格するなどして、必要な単位を取得することで「学位の取得(卒業)」ができます。
ただし、卒業研究(卒業論文)は、取得が必須の単位の中に含まれてはいません。
卒業研究の指導を受けることはでき、相当の単位が割り当てられてはいますが、履修するかどうかは、あくまでも任意なのです。
このたび私は、学位取得に必要な単位をちょうどその分だけ残し、卒業研究に取り組むことになりました。
ゼミとは、その卒業研究の指導を受ける授業の場のことであり、その通称です。
初めてのゼミ参加
かつて(約30年前)私は、東京大学に在籍していましたが、中途退学しています。
当時の在籍期間中に、ゼミや研究室と呼ばれるものに所属したり参加したりすることはありませんでした。
ゆえに、ゼミや研究室については、言葉自体は知っていましたが、その中身を実はよく分かっていませんでした。
その私が先日(2025年5月17日)、初めて“ゼミ”なるものに参加しました。
午前10時から始まり、途中休憩を挟んで午後5時まで、長時間ではありましたが、実に幸せで、楽しい時間でした。
可笑しな言い方にはなりますが、「楽しむ力(りょく)」というものが仮にあるとすれば、私の楽しむ力は、妻や友人のおかげでこの数年の間に、随分高まっていると思います。
要するに、前よりも楽しみ上手になっているのです。
その上で、そのことを差し引いたとしてもなお余りあるほどに、約6時間のゼミは、
「ただただ楽しい」
と終始感じられる、私史上、稀な時間と空間でした。
そもそもゼミとは
ゼミとはゼミナールの略で、学生が積極的に意見を出し合い、活発なコミュニケーションのもとで進められていく授業の形式のことを一般的には指します。
講義に比べると少人数で行われ、特定の専門分野について主体的に取り組み、たとえば3年次、4年次など履修が複数年次に渡ることも多いようです。
ゼミには指導する教員があり、その教員を中心に履修する学生で構成され、学生の構成も複数年次に及びます。
また特に理系では、本来は部屋を指す呼称であるはずの「研究室」がゼミと同義で使われる傾向がみられます。
いずれにしても、「鈴木研究室(鈴木研)」や「佐藤ゼミ」などのように指導教員の姓を冠した呼称が多く用いられており、その背後には、構成員が抱くさながら部活動のような所属感の存在を、読み取ることができます。
一般の大学で、これらのことがどこまで当てはまるのかは分かりませんが、放送大学では、次のような形でゼミが行われています。
放送大学のゼミ
放送大学には大学院もあり、修士と博士の両課程が設置されています。
多くの指導教員が、卒業研究の履修生と大学院生を並行して指導しているようで、ゼミは複数年次の学生が同時に参加して行われます。
ゼミの実際の授業は、現在(2025年5月)ではオンラインで行われることが多く、その場合には、遠方に住んでいる学生でも負担少なく参加することができます。
私の指導教員が行うゼミはこれらにすべて当てはまり、月に1度のペースでオンラインでゼミを開いています。
今年度、卒業研究の履修生は私を含む2名で、その他は修士または博士課程の大学院生です。
指導教員の専門はリスクマネジメント学で、私を含む参加している学生はこの専門に関わる個別のテーマをそれぞれの研究課題として掲げています。
当日のゼミは、その定義のとおり、学生が積極的に意見を出し合い、活発なコミュニケーションの下で進められるものでした。
私は、このことを参加するまでよく分かっておらず、てっきり
「1人1人の学生に対して、教員が指導や助言をするだけのものだろう」
と思っていました。
まず楽しかったのは、この勝手な思い込みに反して体験できた、1人の発表(研究の経過報告)に対して学生同士が意見を述べ合うことで行う活発なコミュニケーションでした。
一定のルールの下で駆け引きをする、ゲームやスポーツのような面白さを感じたのかもしれません。
楽しかった理由
さらに楽しかったのは、他の学生の発表、すなわち研究過程の報告を聴くことでした。
不思議な巡り合わせというか、今回発表された研究テーマは、いずれも私のこれまでのキャリアや経験、そして関心に少なからず重なりのあるものばかりでした。
それだけでも興味を引かれましたが、さらにその研究内容というか、研究に対する思いや背景、研究の技術的な工夫や葛藤そしてこれらに対する議論など興味を次から次へとかき立てられ続けたのです。
さながら長距離を泳ぎ切った時のような心地良いけだるさをゼミ終了後に感じたほどでした。
学術研究とは、研究者の知的探究心や自由な発想に基づき自主的・自律的に展開される知的創造活動であると説明されます。
そして学術とは、この学術研究とその所産としての知識・方法の体系です。
学術という知識・方法の体系の1つのピースに貢献したいと願い、自らの知的探究心や自由な発想を自主的かつ自律的に躍らせている社会人学生らのエネルギーに触れました。
そしてその高い振動数に、私自身も共振できたことが、きっと心から楽しく感じられた理由だと思います。
◇今日の気づき
積極的に意見を出し合い主体的に取り組む
探究心や自由な発想を自律的に躍らせる
◇引用・参考文献一覧
科学技術・学術審議会「日本学術振興会の将来ビジョン検討会 報告」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/siryo/attach/1324751.htm
◇この文章の入口(参考)
出来事(右下)と感触(左下)から、意味(左上)へ
この文章は、
判断や結論に入る手前の、話の地面に立ち戻る中で書かれています。
この文章を読んで、
話が噛み合わない感触や結論に入る前の違和感
が残るときは、それを急いで解消しなくても構いません。
そのための場所を、別に置いています。
