メールマガジンとして配信された文章)

おはようございます。ラピシュットの長谷川高士です。

2025年3月17日、国土交通省があるガイドラインを発表しました。

タイトルは「災害時地下水利用ガイドライン ~災害用井戸・湧水の活用に向けて~ 」です。

先週は、井戸について確認しました。

今日のコンテンツは、井戸と法律、です。

先週は、地下水の利用方法の1つである井戸について、
「そもそも井戸とは」
という問いに答える形で進めました。

そして、結論の1つとして、
「井戸は地下水を人為的に利用する知恵である」
ということを示しました。

また井戸において、地下水を手元に引き寄せる手段として

  1. 汲み上げる
  2. 吸い上げる

の2つがあることを紹介しました。

その上で、2)の吸い上げるは、実は、
「大気圧で押し上げる」
とする方がより正しい記述であることを確かめました。

今日はその続きとして「井戸と法律」について考えてみます。

「井戸」が使用されている条文

「井戸と法律」について考えるとは、どういうことか。

大まかには、次のことを確かめてみよう、という試みです。

  • 井戸は法律でどう扱われているか
  • 井戸を規制する法律はあるか

法令の条文を調べた上で結論を先取りすると、

わが国では、

  • 井戸自体を規定する法律はなく、
  • 共通認識としての「井戸」を前提している

と言えそうです。

わが国の法令に限り「井戸」の語が使用されている条文には、次のものがあります。

(条文引用に際しての註記)

  • 【井戸】の強調は筆者によるものです。
  • 地名の一部(例えば「下高井戸」など)であるものは除いています。
  • その他、本記事の主旨との関連性が低いと筆者が判断したものは除いています。
  • 見出し及び並び順は筆者によるものです。

■定義らしきもの

工業用水法第2条第1項

この法律で「【井戸】」とは、動力を用いて地下水を採取するための施設であって、揚水機の吐出口の断面積が6平方センチメートルをこえるものをいう。

■設置に関する規制その1

民法第237条第1項

【井戸】、用水だめ、下水だめ又は肥料だめを掘るには境界線から2メートル以上、池、穴蔵又はし尿だめを掘るには境界線から1メートル以上の距離を保たなければならない。

■設置に関する規制その2

建築基準法施行令第34条第1項

くみ取便所の便槽は、【井戸】から5メートル以上離して設けなければならない。ただし、地盤面下3メートル以上埋設した閉鎖式井戸で、その導水管が外管を有せず、かつ、不浸透質で造られている場合又はその導水管が内径25センチメートル以下の外管を有し、かつ、導水管及び外管が共に不浸透質で造られている場合においては、1.8メートル以上とすることができる。

■供用に関する規定その1

消防法第21条第1項

消防長又は消防署長は、池、泉水、【井戸】、水そうその他消防の用に供し得る水利についてその所有者、管理者又は占有者の承諾を得て、これを消防水利に指定して、常時使用可能の状態に置くことができる。

■供用に関する規定その2

水質汚濁防止法第16の2条第1項

地方公共団体の長は、前条第四項の地下水の水質の測定を行うため必要があると認めるときは、【井戸】の設置者に対し、地下水の水質の測定の協力を求めることができる。

■都道府県知事の権利

地震防災対策特別措置法第2条第1項

都道府県知事は、人口及び産業の集積等の社会的条件、地勢等の自然的条件等を総合的に勘案して、著しい地震災害が生ずるおそれがあると認められる地区について、(中略)五箇年間の計画(以下「地震防災緊急事業五箇年計画」という。)を作成することができる。

同法第3条第1項

地震防災緊急事業5箇年計画は、次に掲げる施設等の整備等であって、当該施設等に関する主務大臣の定める基準に適合するものに関する事項について定めるものとする。

一 避難地
二 避難路
(中略)
十六 地震災害時における飲料水、電源等の確保等により被災者の安全を確保するために必要な【井戸】、貯水槽、水泳プール、自家発電設備その他の施設又は設備
(後略)

次章では、これらを簡単に読み解きます。

設置場所の規制と供用の要請

引用した条文を読むと、私が先取りした結論に概ね同意できるのではないかと思います。

繰り返しになりますが、わが国では、井戸自体を規定する法律はありません。

法令において、井戸を定義しているのは、工業用水法だけです。

揚水機とはポンプのことで、動力とは「人力以外の」という意味です。

当該の条文を読み下すと、
「電動またはエンジン駆動のポンプで汲み上げる井戸のうち、ポンプの吐き出し口の直径が約2.5cm以上のもの」
となります。

ただし、前置きのとおり「この法律」に限った定義なので、全ての井戸を規定したものではありません。

設置に関する規制はあり、
「どこでも好きなところに井戸を掘れるわけではない」
ということになります。

具体的には、次の場所に井戸は設置できません。

  • 境界線から2メートル未満
  • くみ取り便槽から5メートル未満
    ただし、次に該当する井戸はくみとり便槽から1.8メートル未満
    • 井戸の深さが3メートル以上
    • 井戸の構造物に浸透性がない

またその権利を行政機関に与えていることから、井戸の所有者は、次のような供用の要請を、任意であることを前提に受けることがあります。

  • 消防署から「消防用の水として使わせてほしい」と頼まれる
  • 市町村から「水質を測定させてほしい」と頼まれる

そして、都道府県知事はその権利として、「地震対策上、必要な井戸の整備」を計画することができます。

今回のガイドラインは、この権利を前提としているものだといえます。

飲用井戸のガイドライン

「飲用井戸」という公文書用語があります。

「飲用に供する井戸」の略語で、飲用水としても利用している井戸のことを指します。

この飲用井戸(とそれに準ずるもの)の衛生対策に関する要領が、昭和62年に作成されました。

そして、「飲用井戸等衛生対策要領の実施について」というタイトルで、当時の厚生省生活衛生局長から全国の首長に向けて、この要領の実施が通知されました。

ところで、「~通知」と呼ばれる国から地方への文書の、この時代の書き様には、今(2025年)からするとやや横柄な印象が否めません。

ただし、それも平成23年6月までのことで、翌7月以降は、上意下達ではない並列的な立ち位置で書かれ、語尾も敬体(です・ます調)に順次変わっていきました。

これは、単純に丁寧になったということ以前に、より重要なことが確認され、以後徹底されるようになったことを意味しています。

そして、その重要なことが次の内容です。

国からの通知・通達は、

  1. 法律ではない
  2. よって、国民の権利・義務に影響を及ぼす内容が記載されてはならない
  3. 技術的助言と情報提供があり、これらを区別し、明示しなければならない
  4. 技術的助言は、地方公共団体にとって必要かつ最小限度のものでなければならない

ひと言でまとめると、地方自治法に基づく「地方公共団体の自主性及び自立性」の重要性が確認され、徹底が図られた、ということです。

「飲用井戸等衛生対策要領の実施について」は、初出こそ昭和62年ですが、その後改正を繰り返し、最新は令和元年10月版です。

明示こそされていませんがその内容は技術的助言にあたり、平たくいえば、「法的拘束力のないガイドライン」ということになります。

繰り返しますが、井戸自体を規定する法律はありません。

また設置場所こそ規制がありますが、構造、水質その他の井戸の内容については、規定も規制もありません。

そんな中、1970~80年代に、「有害物質等による地下水汚染の拡大」がみられ、「(水道法の規制対象外の)飲用水の衛生確保に支障をきたすことが危惧」される状況がありました。

そこで作成されたのが、この「飲用井戸等衛生対策要領」でした。

平成16年発出の「要領の改正を知らせる通知」は、本要領がガイドライン的な位置付けであることを、次のように説明しています。

(本要領を)飲用井戸等の衛生対策の指針として活用されたい。

次週は、この「飲用井戸等衛生対策要領」の内容を確認したいと思います。

◇今日の気づき

井戸そのものを規定する法律はない
飲用井戸にはガイドラインがある

◇引用・参考文献一覧

内閣官房水循環政策本部事務局 国土交通省水管理・国土保全局水資源部(2025年3月17日)「災害時地下水利用ガイドライン ~災害用井戸・湧水の活用に向けて~」
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/content/001879780.pdf

厚生省生活衛生局長(令和元年10月17日)「飲用井戸等衛生対策要領の実施について(生食発1017第2号)」
https://www.mlit.go.jp/common/830005546.pdf

総務省大臣官房長(平成23年7月6日)「今後発出する通知・通達の取扱いについて」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000121537.pdf

厚生労働省健康局長(平成16年1月22日)「飲用井戸等衛生対策要領の改正について」
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta6161&dataType=1&pageNo=1

◇編集後記

コンテンツで紹介した「飲用井戸等通知」。

その冒頭の文章の最後に、耳慣れない表現が使われていました。

この要領の円滑な実施につき格段の配慮を煩わせたく通知する。

言いたいことは何となく分かる。

が、しかし「配慮を煩わせたい」とは……

調べてみると、主に通知・通達などで、
「よろしくご配慮を煩わせたい」
のような用例で他にも使用されていました。

見つけられた限りにおいて最も新しいものは平成16(2004)年。

つまり約20年前までは現役だったらしい。

「煩わす」の語釈には、「心を悩ませる」のほかに「面倒をかける。手数をかけさせる」というのがあり、用例として、「先生の手を煩わすまでもない」が示されています。

うん、これなら分かる。

で、用例にはもう1つあって、それが「御一報を煩わしたい」。

なるほど、
「お手数ですが、御一報をお願いしたい」
みたいなニュアンスかな。

ひょっとすると元は「配慮を煩わしたい」ではなかろうか。

そう思って調べてみると……ビンゴ!

さらにどっさりと用例が出てきました。

「配慮を煩わしたい」
「配慮を煩わせたい」

「煩わす」と「煩わせる」は意味自体は同じだが、「面倒をかける」と「手数をかけさせる」のニュアンスの違いがありそう。

「配慮の面倒をかけたい」
「配慮の手数をかけさせたい」

あなたはどちらがお好みだろうか。

しかしこの「煩わし(せ)たい」という表現、何度も読んだり書いたりしている内に、味が出てきて、結構ジワる。

◇この文章の入口(参考)

制度・条文の扱い(右下)と整理された意味(右上)から、意味がほどける地点(左上)へ


この文章は、
判断や結論に入る手前の、話の地面に立ち戻る中で書かれています。

この文章を読んで、

話が噛み合わない感触や結論に入る前の違和感

が残るときは、それを急いで解消しなくても構いません。

そのための場所を、別に置いています。

結論の前に