メールマガジンとして配信された文章)

おはようございます。ラピシュットの長谷川高士です。

かねて気になっていたものの1つに、江戸後期から明治期にかけての「国外からもたらされた新しい概念への、主に漢字を用いた熟語の当てはめ」があります。

今日のコンテンツは、和製漢語、です。

冒頭で書いたとおり、長らく私が興味を引かれているものがあります。

江戸後期から明治期までのいわゆる近代における「外来概念への漢字熟語の当てはめ」です。

気になり出したきかっけは、次のことに気づいた、という経験でした。

「発語数を延べ計上するとき、私が日常的に使っている漢字熟語の少なくとも半数以上は、この“近代における当てはめ”によって生まれ、その後社会に定着したものである」

そして、先週のメルマガで扱った「言語化」というテーマが呼び水となり、あらためて関心が強く向きました。

そこで、しばらく(おそらく数回から10回を超えない程度)の間、このテーマを深めたいと考えています。

前提の整理 その1

このテーマで書き進めるにあたり、最初の前提整理を行っておきます。

ここまで「漢字熟語」という耳慣れない語を、特に断りもなく使ってきました。

ただし「漢字を用いた熟語」という言い換えをしていることや字面からの意味の想起がしやすいことなどから、おそらく立ち止まることなく読み進められているものと期待しています。

ところで「熟語」という語について、私は長年にわたり思い違いをしていたことに図らずも気がつきました。

辞書では、こう語釈されています。

熟語:
二つ以上の単語または2字以上の漢字が結合してできた語。

この語釈との出会いによって、熟語に関する私の認識は次のように上書かれました。

「熟語を構成する文字は、漢字とは限らない」

「漢字熟語」などというな言い回しをしていたのは、この“認識の更新”が理由でした。

発見は、さらに続きます。

この「冗長に言い回さねばならぬ」という問題をあっさり解消してくれる語が、私が知らないだけで既に存在していたのです。

漢語:
漢字音から成る語。漢字の熟語。

調べたところ、厳密には細かな部分に配慮が必要なのですが、少なくともこのテーマを扱っている限りにおいては支障はないと判断し、本記事におけるこの「漢語」を、次のように操作的に定義します。

  • 漢語:
    漢字のみで構成される熟語で、かつ漢字音で発音するもの

すると、私が気になっているもの、すなわち本記事のテーマは次のように言い換えられます。

「近代における外来概念への漢語の当てはめ」

ようやく扱いやすい長さ(文字数)になってきました。

当てはめの具体例

「近代における外来概念への漢語の当てはめ」の具体例を4つ挙げます。

哲学、重力、自由、社会、です。

それぞれの語の当てはめにおける元の外来概念、中心的に関わった人物、年代、経緯などをエピソードも交えて紹介します。

■哲学

外来概念:Philosophy

中心人物:西周(にしあまね)

定着時期:1874年以降

カナ音訳「ヒロソヒ」、漢語「希哲学」、漢字音訳「斐西蘇比(ヒシソヒ)」を経て、10年以上をかけて漢語「哲学」に至る。

■重力

外来概念:Zwaartekracht / Kracht der zwaarte(オランダ語)

中心人物:志筑忠雄(しづきただお)

初出年:1784年

「最高の通詞」「日本物理学の父」など、研究者によって“特別な二つ名”で称えられるオランダ通詞の志筑による訳出。

約100年後の19世紀後半の中国でも「重力」という語が同じ意味で使われているところ、研究により「日本語の本を参考にしたとは思われない」といえることから、日中それぞれで同じ当てはめが行われた可能性が極めて高いと考えられている。

■自由

外来概念:Liberty / Freedom

中心人物:福沢諭吉(ふくざわゆきち)

定着時期:江戸末期~明治初期

古来「わがまま、勝手」という用例が多い「自由」は、妥当な訳語でない、と気づいていた福沢。

とはいえ自由に取って代われるものもなく、半ば途方に暮れながらも、注意を喚起せんと苦心し続けた様子が、福沢の5年に跨がる次の2つの著述から窺える。

本文自主任意自由の字は我儘放蕩にて国法をも恐れずとの義に非ず。総(そうじ)て其(その)国に居り人と交(まじわい)て気兼ね遠慮なく自力丈け存分のことをなすべしとの趣意なり。英語に之を「フリードム」又は「リベルチ」と云ふ。未だ的当の訳字あらず。

『西洋事情 初編 巻之一(1866年)』

洋書を翻訳するに臨み、或いは妥当の訳字なくして訳者の困却すること常に少なからず。譬へば訳書中に往々自由 原語「リベルチ」通義 原語「ライト」の字を用ひたること多しと雖ども、実は是等の訳字を以て原意を尽すに足らず、就中(なかんずく)、此編の巻首には専ら自由通義の議論を記したるものなれば、特に先づ此二字の義を註解して訳書を読む者の便覧に供すること左の如し。

第一 「リベルチ」とは自由と云ふ義にて、漢人の訳に自主、自専、自得、自若、自主宰、任意、寛容、従容(しょうよう)、等の字を用ひたれども、未だ原語の意義を尽くすに足らず。

『西洋事情 二編 巻之一(1870年)』

※引用に際し、原文の旧字体を新字体に、カタカナをひらがなに筆者が替えている。また丸括弧内の読みは筆者による補記であり、フォントサイズの小さい文字(原語「リベルチ」、など)は原文における著者の表記を筆者が再現したものである。

■社会

外来概念:Society

中心人物:福沢諭吉、西周ら明六社のメンバー

定着時期:1875年ごろ

"Society"が受け持つ概念である「近代的公共空間」が実体として存在しない当時の日本において、その当てはめは"Liberty"や"Freedom"と同様に悩ましく、福沢は当初これを「人間交際(じんかんこうさい)」と著した。

ところで、明治初年頃の流行語の1つに「社」があり、明六社という称号はまさにその現れの1つといえる。

やがてこの「社」に「会」を合わせた「社会」や「会社」が、明六社が刊行する雑誌やメンバーの著書において"Society"の訳語として徐々に使われるようになる。

その後「社会」の採用が増え、定着した。

前提の整理 その2

ここに至って、前提整理をもう1つ行っておきます。

この探求において、私が新たに出会った語の1つに「和製漢語」があります。

「漢語」については、先ですでに触れているので説明は不要でしょう。

つまり、和製の漢語、ということです。

和製漢語によく似た表現に、和製英語があります。

サラリーマン、ナイター、ベビーカーなど複数の具体例を思い浮かべることができます。

試みに和製英語をあえて定義するとすれば、次のようにできるでしょうか。

  • 和製英語:
    日本で生まれた英語っぽいカタカナ語で、日本では通じるが英語圏では通じないもの

この和製英語の定義における「英語」を「漢語」に置き換えれば、おそらく和製漢語のおおよその説明にはなるでしょう。

ただし、そもそも漢語、すなわち漢字の熟語に「和製でないもの」の存在を意識したことがなかった私は、「和製漢語」という語との遭遇に際し、一瞬の戸惑いを経験します。

要するに、和製英語への理解を和製漢語に応用しきれなかったのです。

探求の過程で、和製漢語についての理解は徐々に深まっていきました。

突き詰めていくと「研究者による違いが小さくない」などの理由から、一様に定めることは困難であることを承知の上で、本記事での今後の考察の都合上、先の漢語と同じく次の語を操作的に定義します。

  • 和製漢語:
    日本語環境において操作された漢語。

そして混線を避けるために、和製漢語をさらに次の3つの型に区別します。

  • 和製漢語(新造型):
    和製漢語のうち、ある概念を語形へ定着させることを目的に、漢字の字義を意味部品として操作し、新たに組み上げられたもの

    例:哲学、重力
  • 和製漢語(更新型):
    和製漢語のうち、ある概念を語形へ定着させることを目的に、漢字の字義を意味部品として操作し、既存の内部意味を書き換えられたもの

    例:自由、社会
  • 和製漢語(当て字型)
    和製漢語のうち、和語(大和言葉)の漢字表記を目的に、主に漢字の読みを音声部品として操作し、新たに組み上げられたもの

    例:返事、大根

なお本定義に当たっては、語源的な厳密さよりも概念を語形に固定しようとする操作としての側面を重視しています。

ちなみに、先の「和製英語の私の定義」において英語を漢語に置き換えた次の文章が、その説明として最もよく当てはまるのは「当て字型」だろうと思います。

  • 和製漢語(和製英語の定義の置き換え版、参考)
    日本で生まれた漢語っぽい漢字成語で、日本では通じるが漢語圏では通じないもの

3つの型のうち和製漢語として最も長い歴史を持っているのが、ご想像のとおり「当て字型」です。

和製英語同様の柔軟さを、先人らの営みに感じます。

では初回の今日は、ここまでとします。

◇今日の気づき

和製漢語とは日本において操作された漢語
漢語も英語も柔軟に取り入れた我らが先人

◇引用・参考文献一覧

池内了(2022年5月22日)「「重力」「遠心力」「真空」などの用語を生み出した江戸の天才通訳を知っているか」『集英社オンライン』
https://shueisha.online/articles/-/15046?page=1

孫彬(2011年)「西周における「哲学」という訳語の形成について」『国文白百合』42号,白百合女子大学国語国文学会,PP.70-76
https://shirayuri-u.repo.nii.ac.jp/records/2000248

田島優(2003年)「書評 陳力衛著『和製漢語の形成とその展開』」『国語学』第54巻1号,日本語学会,PP.92-100
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I6416383

張榮湄(さんずいに眉)(1998年)「日本物理学の父志築忠雄と新訳語 : 『暦象新書』を中心として」『金沢大学国語国文』23号,金沢大学,PP.328-337
https://cir.nii.ac.jp/crid/1572261551701211520

張榮湄(さんずいに眉)(1999年)「日中共通の漢訳科学用語形成の基盤 : 翻訳の道具としての漢字・漢語の特性を中心に」『北陸学院短期大学紀要』31号,北陸学院短期大学,PP.277-284
https://hokurikugakuin.repo.nii.ac.jp/records/522

福沢諭吉(1866年)『西洋事情 初編 巻之一』尚古堂
https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/fukuzawa/a02/3

福沢諭吉(1870年)『西洋事情 二編 巻之一』尚古堂
https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/fukuzawa/a02/9

柳父章(1982年4月20日)『翻訳語成立事情』岩波書店
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001556492

◇この文章の入口(参考)

概念整理(右上)から、意味(左上)へ


この文章は、
判断や結論に入る手前の、話の地面に立ち戻る中で書かれています。

この文章を読んで、

話が噛み合わない感触や結論に入る前の違和感

が残るときは、それを急いで解消しなくても構いません。

そのための場所を、別に置いています。

結論の前に